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2008年11月

2008年11月21日 (金)

中国が憧れた理想の国 日本――学校では教えない本当の歴史

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拳骨拓史=著

四六判並製/232頁/定価1,575円/2008年11月

●これまでの常識を覆す画期的日中史!

 日中関係を歴史的に見た際、「中国は文化の父、朝鮮は兄、日本は弟」であり、「東夷」である小国日本は一貫して中国に教えを乞うてきたといった構図で語られることがよくあります。
 しかし本書は、そうした「矮小な日本」のイメージはじつは後からつくられたものであり、古来、日本は中国と対等に渡り合い、中国はむしろ日本に畏れ・憧れを抱き続けてきたということを、日中相互の史料を参照しながら明らかにしています。
 たとえばすでに『論語』でも孔子が日本に憧れを抱いていたことを思わせる記述があり、紀元2世紀成立の『淮南子』、5世紀成立の『後漢書』などでも同様に「東方」への畏敬の念が語られています。
 また、聖徳太子の仏教解説書がいかな驚きをもって迎えられたか、日本の遣唐使がいかに中国で尊敬を集めたか、あるいは副島種臣や大久保利通など明治時代の外務卿・外務大臣がいかなる名誉と信頼を勝ち得たかなど、知られざる歴史の実相を紐解いていきます。
 著者は、漢学・東洋思想を専門とする在野の若き研究者。その新鮮な指摘には、渡部昇一氏(上智大学名誉教授)も絶賛の言葉を寄せています。歴史認識の論議がかまびすしいいま、史料に基づいた冷静な議論を深めるためにも、ぜひ読んでほしい1冊です。 

【本書より】
・秦の始皇帝の時代、日本は「不死の民」の住む神の国と考えられていた。
・日本は一貫して「対等外交」を望む姿勢を崩さなかったため、中華思想の中国はなかなか日本と国交が持てなかった。
・宋の太宗は、日本の天皇の系譜こそが理想と考えていた。
・宋の時代、日本の木材、扇子、書画、日本刀、紙などが羨望の眼差しで見られていた。
・無謀な戦いだったと言われる秀吉の「朝鮮出兵」は、『明史』(中国の正史)では「中国が勝てる見込みはなかった」と書かれている。
・乃木希典は日露戦争の舞台となった中国・奉天(瀋陽)で尊敬され、戦死した乃木軍将兵のために中国人たちが慰霊碑を建立している。

※その他もくじより

◎中国仏教を超える国 ◎絶賛された日本文化の数々 ◎黄金の国、真珠の国、だれにも従わない国 ◎大国に動じない遣唐使たち ◎日本に臣従した中国 ◎聖徳太子流外交術とは? ◎福沢諭吉の悲壮な「覚悟」 ◎馬賊を率いた日本人……など

ケッペキさんは、今日もゆく! 

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安部結貴 著

46判並製/240頁/定価1470円/2008年11月

●潔癖症の人たちのちょっと笑えるこだわりを大公開!

 著者はフリーのノンフィクション・ライターで、自らも潔癖症気味です。自分の潔癖症の度合を知るために周囲に取材してみたところ、「私は絶対ファミレスには入らない!」と2時間も滔々と持論をぶった人を皮切りに、次から次へとケッペキさんを紹介され、あれよあれよという間に本書ができあがりました。
 登場するのは33人のケッペキさん(うち2人は、ひょんなことから潔癖性が治った例)。強迫神経症的な危うい人もいますが、基本的には「自分がやっていることは正しい」と信じる、超キレイ好きな人たちです。取材によれば、かれらの母親がキレイ好きだったこと、ついで除菌をあおるテレビCMの影響が大きいようです。
 キレイ好きできちんとしているのはいいことですが、周囲のだらしなさが耐え難くなり、家族関係が悪化したり、職場で浮いてしまうのが困りもの。「とてもついていけない」と恋人に去られた人も少なくありません。それでも持論を曲げずに我が道をゆくのが「ケッペキさん」たるゆえん。本人は大真面目でも、ハタから見ると、そのこだわりぶりが笑えてしまうのも「ケッペキさん」ならではです。
 潔癖性は豊かな社会特有の現象で、日本人に多いと聞きます。実際、本書制作中は、「じつは私は神経症で……」「以前、ガス栓が気になってしかたなかった」「ここに書いてあるくらいは自分にとっては普通だけど?」などと、行く先々でコメントされました。
 潔癖なあまり自分が辛くなったらもはや病気ですので、本書を参考に、こだわりもほどほどにとどめていただけたら幸いです。

霞が関「解体」戦争

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猪瀬直樹・著

四六判上製/224頁/定価1680円/2008年11月

●地方分権をめぐる官僚との緊張感あふれる論戦が一冊に
 本書は、著者が委員を務めている「地方分権改革推進委員会」の延べ二百時間に近い議事録の一部を抜粋し、わかりやすい解説を付けた本です。巨大な予算と権限を握ったまま、機能不全に陥った日本の官僚システム。ここにメスを入れないかぎり、日本の地盤沈下は止まりません。何をどう変えればこの国の閉塞状況に風穴を開けられるのか。地方分権によって新たな「この国のかたち」を描きだそうと奮闘する著者はじめ分権委員会のメンバー、かたや組織防衛のためのレトリックをしたたかに駆使する霞が関官僚――。息詰まる論戦のプロセスがつぶさに記録された臨場感あふれる一冊です。

[本書から]
●国家公務員33万人のうち21万人は地方の出先機関にいる。そして、彼らが所属する出先機関の透明性はきわめて低い。北海道開発局で汚職が繰り返されるのは、その結果といえる。
●本来、法の執行機関であるはずの各省庁が独自に定めている「基準」(省令などによる)が自治体を支配し、地方の自主性を奪っている(地方の歳出の9割にこの「基準」が適用される)。保育所で赤ちゃんがハイハイするための「ほふく室」の大きさまで全国一律で決められている。ニーズがありながら保育所を増やせないのも、全国に似たり寄ったりのハコモノがあふれるのも、この「基準」の弊害だ(地方分権改革推進委員会の調査によって、1万を超える「基準」が存在していることが判明した)。
●縦割行政の弊害は皇居にまで及んでいる。皇居の周辺は国土交通省、環境省、宮内庁、東京都の管理部門にそれぞれ分かれ、きわめて統一感のない植栽になっている。
●「分権改革を進めると地方が疲弊する」というのは、既得権を手放したくない霞が関による情報操作だ。補助金をばらまき続けても地方の依存体質を温存するだけなのは、夕張市の例を見れば明らかだ。

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