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2009年7月24日 (金)

太平洋戦争は勝てる戦争だった
――文系支配が敗戦をもたらした

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山口九郎右衛門【著】/四六判上製296頁/ 定価2100円/2009年7月


◆戦争の見方を変える太平洋戦争研究の金字塔

 太平洋戦争の敗因については、これまで戦史その他で多くのことが語られてきました。たとえば、物量の不足、作戦の齟齬等々。しかし、本書の著者はそれらの戦史に疑いを投げかけ、太平洋戦争の帰趨を制した空の戦いを中心に、まったく新しい視点からこの戦争の再検証を試みました。
  支那事変が始まった1937年、世界でも最も進んだ飛行機をもっていた日本がなぜ敗れることになったのか。
  著者はここから論を進めていきます。日本がまずしなければならなかったのは陸海軍から独立した航空軍の設立だったといいます。陸軍航空本部長などを歴任した井上幾太郎大将が航空軍の設立を推進するのですが、海軍の反対で実現できませんでした。このため、太平洋戦争中に陸海軍は機種をしぼりきれず、多くの試作機の計画と試作に無駄なエネルギーを空費するのです。(著者は優秀機8種を自ら設計し直し、改装例を示しています。巻末の付録参照)
 日本は呉の海軍工廠で、テーラーシステムを取り入れ、戦艦大和をアメリカに比べてもはるかに効率的に造りあげながら、航空機生産、とくに発動機生産にそれを取り入れることができませんでした。テーラーシステムによれば一工場一機種生産が原則なのに、最も生産性の高かった中島飛行機の発動機工場でさえ4機種を同時に生産していたのです。著者は一工場一機種にした場合の生産性の上昇率を表にして立証しています(192頁の表)。
 次に太平洋戦争の死命を制した航空燃料ですが、実は1935年前後に日本には人造石油の生成に成功するチャンスがあったのでした。しかし海軍の徳山燃料廠が面子にこだわったために成功の機会を逸してしまいました。もしこれが成功していれば、ルーズベルトに石油を封鎖されることもなく、太平洋戦争さえなかったと、著者は強調しています。昭和石油に勤務していた著者らしい視点です。さらに、防弾の軽視です。これも何度もチャンスがありながら、用兵者(文系)によって防弾計画がつぶされ、多くの人命を失ったのでした。また著者は稼働率ほぼ100%を達成した飛行47戦隊の整備隊長にも生前数度にわたって取材、誉発動機が決して、戦史に記されているような欠陥発動機ではなかったことを立証しています。太平洋戦争研究の金字塔といってよいでしょう。

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