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2009年9月

2009年9月24日 (木)

俳句発想法 100の季語

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ひらのこぼ=著

四六判並製/256頁/定価1,575円/2009年9月

話題のロングセラー「俳句100の発想法」シリーズ第3弾!
 型の応用で秀句を生み出す新発想の俳句本『俳句がうまくなる100の発想法』、そして第2弾の『俳句がどんどん湧いてくる100の発想法』は、おかげさまで読者の皆様から大きな支持を頂きました。
 第3弾の本書は、句会などでよく兼題に出る「100の季語」を見出しに立て、「季語からどう発想するか」に焦点を絞りました。
 季語といえば「歳時記」ですが、「歳時記」の例句を眺めるだけでは、それぞれの句がどういう発想から出てきたものかわかりません。また、従来の俳句入門書も抽象的でわかりにくいものがほとんどです。
 そこで本書では、それぞれの季語において、どういった「型」を使えば秀句を生み出せるかを具体的に解説しています。
 たとえば「氷柱」という季語では「灯らせてみる」「氷柱に何かを象徴させてみる」「氷柱のある暮らしを詠む」……など、「枯野」という季語では、「何かをよぎらせてみる」「動物を放ってみる」「枯野の人物を詠む」……などの発想法を紹介、豊富な例句を引きながらアドバイスしています。
 読んだらどんどん俳句をつくってみたくなる、楽しくて役に立つ1冊です。


【本書で紹介されている「季語」と「発想法」】

◎「風光る」動くものに着目する、爽快な風景を詠む、凹凸で影を感じさせる……
◎「朧」溶けこんでしまう、誰かを置いてみる、体の一部分を詠む、物音を詠む……
◎「春泥」弾むような気持ちを詠む、ぬかるみに立ち往生している様子を詠む……
◎「梅雨」無聊感を詠む、梅雨の街をスケッチ、さむざむしい室内の景を詠む……
◎「雲の峰」匂いで夏を感じさせる、大きなものと小さなものを組み合わせる……
◎「雪」紅を対比させる、歌や小説のイメージを借りる、静かな時間の流れを詠む……
◎「雛祭り」顔の表情に的を絞る、どんな人を招いたかを詠む、雛の間を写生する……
◎「冷奴」器や盆で涼しさを詠む、酒を効果的に使う、緑と水の景を詠む……
◎「着ぶくれ」着ぶくれた人の間抜けぶりを詠む、自嘲の句、億劫さや面倒さを詠む……

中国市場に踏みとどまる!
――日本企業の勝ち残り戦略

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上場大(かみじょう・ひろし)著

46判並製/216頁/定価1575円/2009年9月

迷える日本企業に精緻な情報と懇切なアドバイスを提供する
「中国ビジネス最前線レポート」!


●進むか、引くか。岐路に立つ日本企業

 グローバル規模の金融危機の波は各国に等しく及び、中国もその例外ではありません。なかでも沿海部が受けた打撃は甚大で、輸出加工業の工場は六割が操業停止・短縮に追い込まれている由。おりしも中国は、「世界の工場」からの脱皮をはかって、高付加価値の自前ブランドをつくる方向へと転換しつつあり、「作って売る」だけの外資はもういらないと言わんばかり。外資への税制上の優遇措置は二〇〇八年に廃止されました。さらに、事業戦略を左右しかねない「独禁法」の制定、労働コストを引き上げる労働契約法の改訂等々が追い討ちをかけています。撤退するにしても清算に時間がかかります。清算後は一五%のみなし所得税もかかる。リストラには百人あたり一億円の費用が必要になる――。外資への風当たりが強まるなか、中国に進出した日本企業の多くは今、このまま進むべきか引くべきか決断を迫られているのではないでしょうか。

●足で稼いだ最新の情報を提供
 著者の中国ビジネスに対する考えはタイトルにあるとおり。中国市場に踏みとどまり、〝総力戦〟で業績回復にあたり、次のチャンスに備えるべきということです。八%の経済成長目標を掲げているのは中国だけ。四兆元(約六十兆元)の公共投資、五兆元の新規融資の波及効果も浸透しだしている。パナソニックや東芝のように中国だけで一兆円規模の売上を計上する企業もある。トヨタも〇九年の売上で前年を上回る見込みなのは中国だけと言われる。進出企業は二万社を数え、最大の輸出先でもある。日本は中国市場を捨てられないのだと著者は説きます。
 では、その中国でビジネスを成功させるためには、どうすればいいのか。まずは「知る」ことが一番。ということで本書は、市場やビジネス環境の変化について最新の情報を提供することを目的に書かれました。著者は日経ビジネスオンラインのヒット連載〈中国羅針盤〉を執筆中のエコノミスト。足で稼ぎ、豊富な国際経験をもとにした複眼分析を得意とします。本書でもそれがいかんなく発揮され、共産党の変貌ぶり、G2の内実、保護主義への傾斜といった大状況から、リストラの進め方、闇リベート対策、行政への食い込み方のノウハウまで、迷える日本企業に資するところ大の情報が盛り込まれています。

●内陸部市場をいかに攻略するか

 今後の中国ビジネスの成否のカギを握るのが内陸部の市場。政府のインフラ投資や農村部、地方都市への家電製品の普及をめざす「家電下郷」政策の向かう先は主に内陸部です。沿海部を中心に事業展開していた日本企業はここで活路を見出せるのか。著者は第4章、5章でその可能性を検討し、価格や民族企業に有利な入札の点から、政府の景気刺激策の恩恵にあずかるのは、なかなか難しいと見ています。とくに内陸部での日本製品の認知度はゼロに等しい。しかし、これは逆に言えば、日本人には未知の市場がまだまだあるということ、と著者は言い、新市場開拓のための人脈づくり、中央での根回しのやり方など実践的なテクニックを披瀝。さらに、そんな内陸部でこれから有望な業種として、日本的なサービスを活かしたレストランチェーン、そして物流、とりわけコールドチェーンを挙げています。
 精緻な情報と懇切なアドバイス。北京駐在の経験から中国ビジネスの厳しさを知る著者は、これに携わる多くの人に本書を読んでもらい、役立ててほしいと繰り返し述べていますが、そうした熱意がひしひしと伝わってくる「中国ビジネス最前線レポート」です。

「恥の文化」という神話

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長野晃子・著

四六判上製/264頁/定価1890円/2009年9月


●「恥の文化」は日本を断罪するために創作された!

 日本を「恥の文化」、欧米を「罪の文化」と規定することで、戦後の日本人のアイデンティティに多大な影響を与えたルース・ベネディクトの『菊と刀』。1946年に刊行されたこの本は、今日にいたるまで「日本論の名著」として確固たる地位を得ています。しかし、じつは『菊と刀』は敗戦国・日本を文化的に断罪すべく巧妙に練り上げられたプロパガンダ的著作だった、という驚くべき事実が本書によって明らかになります。著者は長年、民話の比較をベースに日本人の心性を探ってきた民俗学者で、本書では『菊と刀』が書かれた背景、そしてベネディクト一流のレトリックを詳細に分析することで、日本が恥の文化の国(=道徳的に欧米に劣った文化の国)と定義されるにいたった理由を解き明かしていきます。ベネディクトが「恥の文化」という表現にこめた悪意について、これほど詳細に検証した本はこれまでありませんでした。本書は従来の日本論を根底から覆すきわめて挑発的な一冊といえます。

[本書から]
●『菊と刀』は、当時のアメリカ人が潜在的に感じていた原爆投下に対する後ろめたさを癒すのに格好の文化論だった。また、著者の執筆動機もそこにあった(原爆投下直後に執筆を開始したのに、原爆についての記述はない)。
●ベネディクトは『菊と刀』を書いたことで、当時、激しくなってきていた赤狩りから逃れることができ、コロンビア大学教授の地位も得ることができた。
●ベネディクトは『菊と刀』以前に書いた著作では、『菊と刀』で断罪した「日本人の移ろいさすさ・きまぐれ」について、明確に否定している(1940年刊行『人種――科学と政治』)。

わがままこそ最高の美徳

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ヘルマン・ヘッセ著
フォルカー・ミヒェルス編
岡田朝雄訳

四六判上製/二八〇ページ/定価一八九〇円/二〇〇九年九月

「わがまま」は自分の個性を大切にして、他人に惑わされずに生きるために必要だ。 
ヘッセの生き方は現代にも通ずる

  ヘルマン・ヘッセは二十世紀前半に活躍したドイツの文豪であり、『車輪の下』で今もなお多くの人に読まれている作家である。彼の生きた時代のドイツは二つの世界大戦における敗北の大激動期であった。共産主義革命とナチスによる破壊がすさまじく、また資本主義による荒廃もひどかった。牧師の家で育ったヘッセは詩人になる夢を捨てられず、神学校から逃亡し、父親との相克を乗り越え、一人前の作家になる。第一次世界大戦では反戦主義を貫き、非国民呼ばわりされる。ナチスには早くから警鐘を鳴らし、自身はスイスへ移住する。他から強制されることを嫌うヘッセは「わがまま」という性格をこよなく愛し、読者に勧めている。この本は現代人も見習うべき、その人生観をエッセイや詩により浮かび上がらせた本で、V・ミヒェルスが編集したものである。既刊の『庭仕事の愉しみ』『愛することができる人は幸せだ』などのテーマ別エッセイ集の一つでもある。
 「両親への手紙」「ある共産主義者への手紙」など圧巻のエッセイ
 本書中の圧巻というべきエッセイは、まず15歳のヘッセが精神病院に監禁されていたとき父親へ送った手紙「両親への手紙」である。すでに作家としての才能を発揮しつつある少年ヘッセが切々とつづる内容は何ものにも抗する不屈の意志が表れている手紙文の傑作である。また表題作「わがまま」の軽妙な感覚もさることながら、「ある共産主義者への手紙」「一九三三年七月の日記より」の二つのエッセイにはどんな政治状況にあっても自説を曲げなかったヘッセの面目躍如足るところが表れており、政治エッセイとして今読んでも十分に面白い。
 頑固、強情、わがままを礼賛する文豪による傑作エッセイ集である。

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