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2009年12月21日 (月)

「偉大なる将軍様」のつくり方
――写真で読み解く金正日のメディア戦略と権力の行方

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辺映昱(ピョン・ヨンウク)=著 荒木信子=訳

46判並製 256頁 定価1680円 2009年12月

統治のためのイメージ操作の手法を
プロカメラマンの視点から解析した初めての本!


○「一号写真」は多くを語る

 北朝鮮では金日成(主席)と金正日(国防委員長、「敬愛する将軍様」)の写真を「一号写真」と呼ぶとのこと。本書は、建国以来、党機関紙『労働新聞』をはじめ北朝鮮の新聞、雑誌に載った「一号写真」を丹念に調べ、金正日がどのように写真を活用してきたかを検証したものです(原題『金正日.jpg』)。著者の辺映昱氏は韓国の有力紙『東亜日報』の現役の写真記者です。本書を訳した荒木信子さんの「あとがき」によれば、意外なことに写真を通じての北朝鮮研究はこれまでなかった由。北朝鮮発の写真や映像には何らかの作為が加えられているのは明らかで、正確な情報を得る手がかりにはならないと考えてしまうせいでしょうか。しかし、「解説」の執筆者で、『中日新聞』ソウル特派員時代に辺氏にインタビュー取材をしたこともある福田要氏が書くように「一号写真」はその掲載の仕方を含めて実に雄弁であり、情報が満載されているのです。たとえば次のように、金日成から金正日への権力の継承がいつ完了したかが読み取れます。
 金日成死去の直後一九九四年七月、八月にはその写真が新聞に集中的に載り、九月から翌九五年五月まではほぼ消え、同時に金正日の写真が十日に一度の割合で登場→団結・統一の求心力の迅速な転換をはかる/九五年六月から再び金日成の写真が集中的に載り、七月からは父子のツーショット写真が掲載され始める→父のイメージを息子に重ねるプロセスが進行/九七年一月から金正日単独の写真が金日成の写真あるいはツーショットより多くなる→イメージの重ね合わせを通じた権力の安定的継承が金日成の死後三年経って仕上がる(詳しくは第1章―3)

○すべては権力の正統化のため

 大の映画好きとして知られる金正日は、写真や映像を使ったイメージ操作の効果を熟知し、これを政策レベルで遂行していることもわかります。金正日が宣伝煽動部門を掌握した一九六七年以降、北朝鮮の写真は変容しているのです。金正日の論文をもとにしたとされる「出版報道事業に関する党の方針解説」(八五年刊)では、「一号写真」について「いつも(金父子を)写真画面の中心位置」とし「明るく鮮明にしなければならない」と規定しています。金父子を誰よりも大きく明るく写し、必ず真ん中に置く。コンプレックス(金正日のシークレットブーツ等)を隠すアングルから撮る。クローズアップはご法度(代わりに肖像画を使う)。本書で取り上げられている「一号写真」(六七年以降のもの)はいずれも右の「党の方針」に忠実で、人民や指導者のいきいきとした表情は見られず、徹底した演出がほどこされています(五五頁の写真では〝画面中央の鉄則〟を守るために広角レンズと大型クレーンが使われていると辺氏は指摘)。演出といえば三三頁のパレード写真は圧巻です。通過中と見える車は実際には止まっており、そこに掲げられた父子の顔が描かれた旗は風でシワがよらぬよう男性が旗の端を持っています!
 金父子を絶対化・神格化して権力の正統性を主張し、それによって人民を統治する。映像のイメージ操作がそのための大きな要素になっていることを本書は教えてくれますが、二〇〇三年のユニバーシアード大会で「美女応援団」が金正日の写真が雨に濡れたといって大騒ぎしたことを見ても、その統治手法は成功していると言えそうです。
 アングルやライトの当て方、フォトショップ使用の有無など、プロカメラマンの視点での解析に加えて韓国側のイメージ操作にも思いをいたすなど、辺氏の叙述の仕方はきわめて公正で好感がもてます。「コロンブスの卵」ともいうべきアプローチによる斬新な北朝鮮研究と言えます。

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