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2010年11月12日 (金)

藤波辰爾自伝
――未完のレジェンド

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藤波辰爾・著

46判上製/264頁/定価1680円/2010年11月

稀代の名レスラーが波瀾万丈のプロレス人生を縦横に綴る
 本書はかつて「名勝負製造機」と謳われたレスラーが、プロレス入門40年の節目を迎えるにあたり、自身のリング人生を振り返った半生記です。ポイントごとに終生のライバル長州力選手と、著者の闘いを支え続けた夫人のコメントも収録し、より立体的にその歩みを振り返ることができるようになっています。
 著者は1970年に日本プロレス(当時)に入門し、以来、プロレスというエンターテインメントの浮沈をまるごと体験してきました。また、すでにマット界が「冬の時代」に突入していた1999年から2004年の期間、新日本プロレスの社長を務め、経営者としての苦渋も味わいます。しかし、良いことも悪いことも含めて「あの頃があったから今がある」というのが著者のスタンスです。泥に塗れてもあくまで前に進もうとする姿勢は、かつて著者が繰り広げた名勝負同じように私たちを鼓舞する力に満ちています。

[本書より]
◇ファンが「もっと見たい」と思っているうちに、「名勝負数え唄」を終結させつつ、藤原喜明という新たなスターを誕生させる。あのときには、僕らを上回る策士がいたのだとしか言いようがない。当時の新日本で、決定権を持つ「策士」と言えば、当然、猪木さん以外にはいない。
◇当時、役員会議の席上で「(自分の)後任社長は蝶野がいいのではないか?」と発言したことがあった。やはり、プロレス界はレスラーが先頭に立って旗振りをし、それをみんなでサポートしていくのが理想形だと考えたからだ。
◇「ライバル」だった長州が、この頃から「同志」という感覚に変わっていったように思う。これはたんに長い期間ともに働いたことだけで芽生えた感情ではない。……お互いにメインイベンターとして団体を背負ってきたから芽生えた連帯感なのだ。興行の世界に生きる者として、日々、重い責任を味わった者同士がわかちあえる感覚なのだ。 

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