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2011年6月24日 (金)

日本帝国と大韓民国に仕えた官僚の回想

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任文桓(イム・ムナン)=著 鄭大均=序文

四六判上製 四六四頁 定価二九四〇円 二〇一一年六月

○加害・被害者史観で処理しない
 本書は、関東大震災の年(一九二三年、大正一二年)に一六歳で朝鮮から日本に渡り、苦学の末に東京帝大法学部を卒業、高等文官試験に合格し朝鮮総督府に行政官として勤務、戦後は李承晩政権時代に農林部長官(農林大臣)をつとめた韓国人、任文桓氏(一九〇七―一九九三年)が、その半生を日本語でつづった回想記です。一九七五年に『愛と民族』として同成社より刊行されたものを、このたび書名を改め復刻したしだいですが、本書の価値は、首都大学教授・鄭大均氏による序文の解説に尽きるように思われます。それを端的に言えば、日本統治時代の体験を「単純な加害・被害者史観で処理しようとするような態度は微塵もない」稀有な記録であるということです。現在の視点から過去を断罪する本ではないということです。

○客観公正に徹した貴重な記録

 客観公正であろうとする著者の意思は、たとえば自らの体験を語るにあたって自身の幼名バウトク(「岩の徳」の意)を一人称として使っているところに示されています。「新付日本人」の身の口惜しさは、おもに総督府官僚時代の回想部分にいくつも記されているものの、一方で著者は日本に渡って以来、多くの日本人の厚意をうけたことが自身の「人格形成にとってまことに貴重であった」(あとがき)と述懐しています。その叙述はきわめて冷静で、「恨」といった一方的な感情ではなく、日本に対するこうしたアンビバレントな思いこそ当時を生きた韓国の人々の実感であったのだと頷けます。著者は日韓二つの体制下で責任ある立場にいた人でした。そのような立場の人が客観公正を旨として書いた本書は、日本統治時代の現実を理解するうえで大変貴重な資料と言えるでしょう。

○魅力的な文章、爽やかな読後感
 資料的な価値もさることながら、本書は読みものとしても抜群の面白さをそなえています。日本にやって来た著者は、下関から東京に向かう途中、京都で下車するのですが、その直後に大地震の報を聞き、東京行きを諦めます。その後は錦沙の漂白工場の丁稚小僧を皮切りに「新聞配達夫、人力車夫、便所掃除夫、牛乳配達夫、大学教授邸掃除夫、家庭教師、岩波書店小売部店員などの職業に従事しながら、京都で同志社中学、岡山で第六高等学校、東京で東京帝国大学を卒業、そのうえ日本の高等文官試験に合格して、日本の役人に」なるわけですが、巧まざるユーモアと優れた記憶力とがあいまって、まじめで働き者の少年の成長の過程が細部までいきいきと描かれています。とりわけ旧制高校時代の級友、教師との交流は北杜夫氏の青春記を彷彿とさせ、読後感は実に爽やかです。

○戦中戦後の知られざる韓国史
 ここにはまた、終戦間際の満洲国(関東軍)による「第八計画」(第四章)などこれまで殆ど語られなかった史実が記されています。朝鮮戦争時の自身の逃避行など興味尽きないエピソードが次々に登場し、戦中戦後の韓国史の一端を垣間見せてくれます。

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