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2011年9月26日 (月)

ペテルブルクの薔薇
――ロマノフの血を継ぐ女帝エリザヴェータ

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河島みどり=著 

四六判/上製/272頁/定価2,625円(税込)/2011年9月

ロマノフ王朝の美しく才気あふれる女帝の波瀾の生涯
 18世紀のロシアは「女帝の時代」といわれ、71年間に4人の女帝が君臨したが、アンリ・トロワイヤの著作でも有名なエカチェリーナ二世を除いて、彼女らの評価は概して低く、表舞台の主役というわけではなかった。ロシア語通訳の草分けとして60年代から活躍してきた著者は、そんな彼女らの実像に興味を抱き、こつこつと資料を集め始めたものの容易ではなかったという。当時はソ連邦の時代で、ロマノフ王朝の資料類はレーニン図書館の奥深く死蔵され、ロシア人といえども自由にみることはかなわなかったからだ。しかし著者は亡命ロシア人が多く暮らすパリの古書店やロシアの友人たちの協力を得て、ロマノフ女帝史三部作を書き上げた。『ピョートル大帝の妃』『ロマノフの徒花』(ともに草思社刊)、そして今回の『ペテルブルクの薔薇』である。
 本書の主人公エリザヴェータは、ピョートル大帝を父に、エカチェリーナ一世を母にもつサラブレッドであったばかりでなく、各国駐露大使が「朗らかで頭の回転が速い」「ダンス、乗馬が得意で、外国語も堪能」「薔薇のようなあでやかな微笑みをお持ち」などと本国への文書に記したほどで、文字通りペテルブルク宮殿の華として讃嘆された皇女だった。両親が目論んだルイ十五世との縁組は破談となるが、もし実現していれば歴史が変わっていたことだろう。
 父帝の没後、ロシアの政局は混迷を極め、昨日の覇者が今日はシベリア送りの憂き目をみるといった世情のなか、アンナ女帝の率いるドイツ系貴族がロシアを牛耳るに至り、エリザヴェータ自身も抹殺される恐怖に苛まれる。彼女が幸運だったのは、有能な取り巻きに恵まれたことだった。そしてピョートル大帝の血を継ぐ彼女の魅力と人気。当時、軍の兵舎で愛唱されていたのは「この世で誰が一番美しい? われらがエリザヴェータこそ一番の美人!」という歌で、士官たちはピョートル大帝を追慕し、その息女を敬慕していた。軍を味方につけた彼女のクーデターはやすやすと勝利を収め、玉座を奪還する。
 エリザヴェータの治世は、初めこそ危うかったものの忠臣たちを上手に起用することによって順調に基盤を築き上げていく。女帝自身は内政や外交問題を処理することはなかったが、官僚の人選やその諮問の裁断を通して大きな力を発揮し、ロシアに安寧の20年間をもたらした。
 ペテルブルクの都市改造、冬宮(現エルミタージュ美術館)の建築、モスクワ大学の創立、芸術アカデミーの設立など、のちのエカチェリーナ大帝が国威を高める地盤は、すべてエリザヴェータの時代に築かれている。そして、いまやロシアの民の食生活に欠かせないジャガイモをドイツから輸入し、強引に栽培させたのものエリザヴェータだった。(了)

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