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2012年10月

2012年10月25日 (木)

12月25日の怪物
――謎に満ちた「サンタクロース」の実像を追いかけて

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髙橋大輔・著    46判・上製/240頁/定価1680円(税込)/2012年10月

 サンタクロースの実在のモデル「聖ニコラウス」
 著者の髙橋大輔さんは、「物語を旅する」をテーマに、小説や神話、伝説のルーツを探るべく世界への旅を続ける異色の探検家です。2005年には、小説『ロビンソン漂流記』の実在のモデルで、チリ沖合の無人島に4年もの間取り残された人物の住居跡を発見し、世界的な注目を集めました。その髙橋さんが今回挑んだテーマが、「サンタクロース」です。
 サンタとはいったい何者なのか?――そんな疑問への答えを探るべく、筆者は旅に出ます。トルコ、イタリア、オランダ、アメリカ、フィンランド、オーストリアなど8ヵ国、3年がかりの旅です。
 まず訪れたのは、サンタの実在のモデルとされるキリスト教の聖人、聖ニコラウス(紀元3~4世紀)が生まれたトルコ。博物館に展示されたイコン(肖像画)から、彼は “痩せた老人”だったことが判明します。聖ニコラウスは中世ヨーロッパで広く信仰されますが、アメリカへの旅で、聖ニコラウスのイメージが19世紀に「白いあごひげをたくわえ赤いマントに身を包んだ太った老人」へと変貌し、こんにちの「サンタクロース」が誕生したことを知ります。

 サンタは“冬至の怪物”でもあった
 ところがフィンランドを訪ねると、サンタのルーツは「ヨールプッキ」と呼ばれる“ヤギ男”でした。その姿は、全身が野獣の毛に覆われ、頭には角が伸び、二本足で直立歩行をするという、まさに怪物。ヨールプッキはサンタが誕生するはるか前に生まれ、酷寒の冬至のころにプレゼントを持って家々を回る存在でした。
 その後、オーストリアの年末の伝統行事に参加した筆者は、サンタのルーツのひとつとされる「クランプス」と遭遇します。それもまた、野獣の毛皮、恐ろしい仮面、鋭い角、手には白樺の枝鞭を持つ“怪物”でした。総勢60人を超えるクランプスたちは、行事の参加者たちに容赦なく鞭を振るいます。しかし、その鞭は邪気を払い、新年の健康と幸運を祈るものだったのです。クランプスもまた、古代の冬至の祭り以来の風習でした。
 にこやかなサンタクロースのルーツをたどると、聖ニコラウスだけでなく、冬至祭の怪物にも行き着くとは驚きではないでしょうか。そして冬至祭の怪物は、その恐ろしい外見とは裏腹に、一年の無事を祝い、人々に新年の幸運をもたらす存在だったのです。
 サンタのルーツを旅をしながら追跡するロマンを本書で味わっていただければ幸いです。

2012年10月22日 (月)

映画プロデューサー風雲録
――思い出の撮影所、思い出の映画人

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升本喜年(ますもと・きねん)著

四六判 上製 416ページ 定価3045円

名物プロデューサーが多くの映画スターとの交友、映画全盛時代の裏話などを回想。
不思議で、魅力的な映画人たちの生態、素顔。

●サラリーマン・プロデューサーの奮闘と悲哀
 昭和29年(1954)、著者は早稲田の大学院を卒業して、松竹大船撮影所にプロデューサー助手として入社しました。同年、松竹は『君の名は』や『二十四の瞳』などをヒットさせ映画界一の隆盛を誇っていました。ほぼ同時期に助監督として入社した中に、大島渚や山田洋次がいます。その後、大衆娯楽の王者、映画はテレビにその座を追われ、昭和33年(1958)をピークに下り坂を迎え、斜陽産業となっていきます。著者はその中で、松竹映画のサラリーマン・プロデューサーとして、現場の雑用係からはじめて、1960年代から70年代の娯楽映画を企画し、推進する中核のスタッフとなって行きます。その三十年を越えるキャリアを多彩なエピソードを交えて綴ったのが本書です。
「監督中心主義」の松竹でプロデューサーの立場が、いかに低かったかの述懐からはじまる本書では、古色蒼然としたシステムがまかり通る撮影所、過去の栄光にすがる古参の脚本家や監督たち、企画に詰まり悪手ばかりを打つ経営者などが描かれます。そして苦境打開のために、経営者・城戸四郎の意に逆らい、伝統の文芸映画から喜劇、歌謡映画、アクション映画などへの方針転換に奔走し、一定の成果を挙げた氏の最も華やかだった10年余が活き活きと回想されています。しかし、それも突然のテレビ部門への異動で終わりを告げ、最後はテレビ映画作りの実態などが描かれます。

●映画プロデューサーの仕事、映画人たちの意外な素顔
 本書の特徴として一つには、企業内プロデューサーではあるものの、映画プロデューサーというものが、どういう職業で何をするのかということが具体的に書かれていることです。これは貴重な記録といえましょう。
 もう一つは著者が関わったり見聞した多くの映画スターや映画人が登場し、その人となりや素顔が興味深く描かれていることです。
 名前を列挙してみましょう。俳優では美空ひばり、吉永小百合、渥美清、山田五十鈴、田宮二郎、渡哲也、高橋英樹、安藤昇、鶴田浩二、萩本欽一など。監督では大島渚、山田洋次、渋谷実、木下恵介、小林正樹、野村芳太郎、加藤泰など。脚本家では、池田一朗(隆慶一郎)、池田忠雄、野田高梧など。その他に、有名無名の業界人も多数登場します。
 日本映画裏面史としても、興味津々の読み物となっています。

2012年10月10日 (水)

考える力がつく算数脳パズル 整数なぞぺー〈小学4~6年編〉

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高濱正伸(花まる学習会代表)・川島慶(花まる学習会)

B5 判/並製/112頁/定価1,260円/2012年10月

◆入試に頻出、思考力問題の代表格「整数問題」の解き方は誰も教えてくれない!?
 『なぞぺー①~③』や『空間なぞぺー』『鉄腕なぞぺー』などで大好評、累計28万部のロングベストセラー「なぞぺーシリーズ」に「整数問題」に特化した『整数なぞぺー』が加わりました。整数問題とは、約数・倍数や、素数、割り算のあまりの数などに注目して解く、整数に関する問題のことです。
 中学入試や、高校入試、さらには大学入試や企業の入社試験でも、思考力問題として出題頻度が高いのが、本書で扱う整数問題。整数問題は、論理的に考える力や、粘り強く答えを求める力を測りやすいと考えられています。またバリエーションが非常に豊富で奥深く、算数好き・数学好きに言わせれば、これほど面白いものはないと言えるほど楽しく、問題を解いたときの感動が深い分野でもあります。
 それほど大事な整数問題ですが、しかし、学校で教えてもらったことがあるでしょうか? 実は、学校の授業で整数問題を教える単元は、この2012年に高校の課程にようやく登場したのが初めてで、これまでまったく手つかずでした。つまり、整数問題は入試に出るにもかかわらず、誰も教えてくれない領域だったのです。

◆小学生にもわかるよう整数問題の基礎を解く画期的問題集

 とくに中学入試では頻出する整数問題なのに、小学校ではまったく教えてくれません。その理由の一つが、教えるのが難しいということです。整数問題の面白さ、楽しさがわかる良問を数多く用意し、そのエッセンスを基礎から小学生に伝えるのは、相当に難しいことと言えるでしょう。
 本書『整数なぞぺー』は著者の高濱正伸さんが主宰する大人気学習塾「花まる学習会」の教育現場で使われてきた問題群をベースに良問を数多くそろえ、花まる学習会の特長である「子供が夢中になって解く」ように工夫されています。
 整数には驚くような性質があります。例えば、どんな数字でも、各ケタの数字を足した和が9の倍数なら、もとの数も9で割ることができます。また、日常生活のなかにも、整数の謎めいた性質を見つけることができます。和音は周波数が整数比になっていますし、カレンダーのなかにも、例えば「13日の金曜日」が生じることにも整数の性質が関係しています。このような、思わず引き込まれる整数の魅力を織り込んだ問題を数多く用意し、子供たちが整数問題を楽しみながら解けるようにしているのです。
 さらに本書には、約数の性質を利用したカードゲーム「約数大富豪」がついています。これまたとても面白いゲームで、花まる学習会でも子供たちの間で大流行しています。楽しみながら、約数の感覚を身につけることができるでしょう。
 算数・数学のなかでもとくに面白く美しい領域、整数問題の世界に、小学生が楽しみながら入っていくことができる、希有な一冊です。

いつか見たしあわせ
――市井の幸福論

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勢古浩爾著
四六判並製/240頁/定価1470円/2012年10月

アラン、ショーペンハウア―、ヒルティ、ラッセル、ヘッセ、福田恆存……
古今東西の賢人たちの幸福論から最先端の幸福研究まで
じっくり読み解いてわかった「しあわせの本質」。

●ふつうの人にとって本当に役に立つ“異色の幸福論”
 本書はこれまでの幸福論とは違い、「しあわせになるための方法」ではなく、「しあわせの本質」を明らかにするものです。本書が誕生する契機は、いくらしあわせになる方法を読んでも、人によって多種多様なしあわせ観があるので、読者自身にとってあまり役に立たないことが多いという現状があったからです。
 本書では著名無名に関わらず、古今東西のできるだけ多くのしあわせ観について吟味します。読めば読むほどに、「しあわせ」の多様性に驚かれると思います。同時に「しあわせになるための方法」自体に実は、あまり意味がないことに気づかれるでしょう。
 結果、著者がたどりついた「しあわせの本質」とは、しあわせは将来や現在に探すものではなく、「ふりかえって気づくもの」であり、今、目の前にあるこのありふれた日常が、しばらく経ってふりかえってみると不思議とあたたかい記憶(=いつか見たしあわせ)になるというのです。
 人は往々にして、未来のしあわせのために今を生きようとするものです。目の前のしあわせには気づかず、失ってはじめてそのありがたさに気づくことが多いものです。でも、失ってからでは遅い、だからこそ、むやみやたらなしあわせ探しをやめて、「何でもないような、この日常」のありがたみに気づいてほしいと著者は静かに訴えます。
 東日本大震災を経験した今、その意味の深さを理解できる人は非常に多いと思います。本書は閉塞感漂う社会のなかにあって、自分の足元を見つめ直し、ほっと一息つける本になっています。しあわせ探しに疲れたという人にはぜひ読んでいただきたい一冊です。

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