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2012年12月13日 (木)

武士に「もの言う」百姓たち
――裁判でよむ江戸時代

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渡辺尚志(わたなべ・たかし)著

46判・上製/232頁/定価1890円(税込)/2012年12月

信濃国の松代(まつしろ)藩・真田家に残された希少な裁判史料から、
「百姓と武士の意外な関係」を明らかにする

 江戸時代の百姓たちは、武士に支配されるだけの「もの言わぬ民」ではなく、村の運営に不満があったり、自らの利益を守るためには、どんどん領主に訴え出ました。本書は、そうした百姓による訴訟と、それを裁く武士の姿を通じて、「江戸時代の百姓と武士の関係」を解き明かすものです。
 本書の第一部で、「江戸時代の訴訟と裁判」の概要が述べられます。当時の裁判は一審性で、百姓たちが再審を求めることなど許されなかったこと、また、裁判は非公開であり、傍聴は認められていなかったことなど、現代の裁判とはまるで異なる実態がわかりやすく解説されます。この第一部を読むだけでも、江戸時代の裁判の全体像がつかめます。
 本書の大半を占める第二部では、江戸時代後期の文化・文政期(1804~1829)に、信濃国松代藩の南長池村(現・長野県長野市)で起こった、百姓たちによるひとつの訴訟をとりあげ、その一部始終を追跡します。第二部の記述は、松代藩主・真田家に伝わった古文書に基づいています。 
 この事件は、従来からの村の指導者層と、それを批判する一般百姓たちの対立から始まります。村を二分する大騒動となり、松代藩の法廷で審理されることになりましたが、原告・被告の百姓たちは、裁く側の奉行たちも辟易するほどの「もの言う民」でした。牢に入れられようとも自説を頑として曲げなかったり、審理の流れに応じて前言を平気で翻したり。そこからは、武士にまったく臆しない、あるいは、狡猾に立ち回る、といったリアルな百姓像が浮かび上がります。
 面白いのは、奉行たちが、判決言い渡しに先立って、事前に打合せをしている場面。万一、百姓が判決に異を唱えてきた場合の事態の収拾役を、互いに押しつけあっているのです。判決を否定するような主張をされては、領主の威光に傷がつき、奉行自身の責任問題に発展しかねなかったのです。武士が判決文を読み上げれば、百姓はそれに無条件にひれ伏す、というわけには必ずしもいかなかったのです。
 歴史を愛好する方には是非ともお勧めしたい一冊です。

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