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2013年5月15日 (水)

目撃者

1976

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エルンスト・ヴァイス著 瀬野文教 訳

46判上製/336頁/定価2940円/2013年5月

 ◇ナチスに追いつめられて自殺した亡命作家の遺作◇
 この作品の著者エルンスト・ヴァイス(1882年~1940年)は戦間期のドイツ文壇で活躍したユダヤ系作家で、『目撃者』は彼がパリで自殺する直前に書き上げた作品です。フランツ・カフカとは青春時代からの友人で、トマス・マンやシュテファン・ツヴァイクといった作家たちとも交遊し切磋琢磨しあう仲だったヴァイスですが、この作品は長いあいだ歴史の闇の中に埋もれていました。本作品がドイツで刊行され、生身のヒトラーが登場する小説として話題になったのは、その死から四半世紀近くが過ぎた1963年のことです。

 第一次世界大戦後のベルリンで前衛派の旗手として活躍していた著者は、ヒトラーが政権をとったのを機にドイツを離れ、パリに移住しました。しかし異国での暮らしは多難なもので、時に旧友のツヴァイクに資金援助を受けるまでに経済的にも困窮していたといいます。そんな生活の中で、アメリカの文化振興団体がドイツ語圏の亡命作家支援のために懸賞小説を募集しているのを知って書き上げたのがこの『目撃者』でした。結局、この作品は受賞を逃し、まもなくヴァイス自身も自死を遂げたために、この小説は長いあいだ、陽の目を見ることがなかったのです。

 戦場で毒ガス攻撃を受け失明状態に陥っていた「A・H」を治療し、この男の中に眠る全能感を呼び醒ました医師が半生を語る――という形式で展開するこの異色の小説は、ヒトラー研究者のあいだでも大きな反響を呼びました。『アドルフ・ヒトラー』などで名高いピューリッツァー賞作家のジョン・トーランドは、本書の英訳がアメリカで出版されたさい、「エルンスト・ヴァイスの『目撃者』が出版されたことは重要な歴史的発見だ。これはフィクションの衣を着たおどろくべき歴史の一幕である」とさえ評しています。本書が1930年代末というナチスの最盛期に書かれたことを意識しながら読んでいただければ、この作品の持つ意味がより深く理解できるのではないかと思います。第二次世界大戦へとひた走る危機の時代、その時代の気配を濃密に味わうことのできる一冊です。

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