« 間違いだらけのLCC(格安航空)選び | トップページ

2014年6月 2日 (月)

【文庫】法医昆虫学者の事件簿

2057

2057_2














マディソン・リー・ゴフ/垂水雄二訳
文庫/288頁/定価(本体900円+税)


◆捕虫網を持って、殺人現場に向かう。新しい犯罪捜査の手法「法医昆虫学」
 カラカラに乾ききったグランドキャニオンの谷で、二つの溺死体が発見された。砂漠で溺死体が発見されたのである。男と女、二人の死体は三〇メートルほど離れて横たわっており、女のほうは足に怪我をしていた。ハエが死体に卵を産みつけていて、卵から孵ったウジは死体をむさぼりはじめていた……。この二人はどのようにして、砂漠で溺れ死んだのだろうか?
 この事件の手がかりは、死体についたウジにありました。ウジたちを死体から採集し、分析することで、二人が砂漠で溺れ死んだ理由を知ることができたのです。
 本書は、新しい犯罪捜査法「法医昆虫学」を、著者の経験を中心とした実際の事件を例にとりながら紹介する本で、二〇〇二年に刊行された『死体につく虫が犯人を告げる』の文庫版。法医昆虫学とは、死体についた虫を採集・分析して死亡時刻の推定をはじめとする重要な手がかりを得るという、犯罪捜査の手法のことで、一九八〇年代からアメリカで本格的な研究がはじまった新しい分野です。
 法医昆虫学が死亡時刻を推定する能力は非常に強力で、捜査官を驚愕させるほどの正確さを発揮します。さて、その推定方法とはどのようなものなのでしょうか?

◆法医昆虫学は驚くべき確度で死亡時刻を推定する
 野外に放置された死体には、気温などの条件さえ整っていれば死後一〇分以内にハエがやってきて卵を産み、卵から孵ったウジは死体を食べて成長します。あまり語られることはありませんが、死後数日ともなれば、おびただしい数のウジが体内で集塊を形成しながら死体の組織を食べるのです。すると、そのウジを捕まえて食べる虫たちもやってきて死体にとりつきます。さらに時間がたてば、死体は乾燥してかたくなり、ウジはもう死体を食べることができなくなります。そうなると今度は、乾燥してかたくなった組織を食べる虫がやってきて死体にとりつきます。そのころには、ウジは死体から去って蛹や成虫になっています。
 このように死体の上の虫たちは成長し、移り変わっていくのですが、その過程はいつもほぼ同じで、周囲の温度との関係をみれば成長や変化のスピードも予測することができます。つまり、死体につく虫を知り尽くした昆虫学者であれば、その虫たちを分析することによって死亡時刻を知ることができるのです。その推定の正確さは、死体の腐乱徴候だけから推定する場合とは比べものにならないほどで、本書には、発見数日前に殺された遺体の死亡時刻を犯人の自白と一時間程度の誤差で推定し、捜査官を絶句させた話も出てきます。冒頭に上げた、砂漠で発見された溺死体の事件でも、この方法で死亡時刻を推定したところ、ちょうどその時刻に山奥で降った大雨により鉄砲水が発生していたことがわかり、二人が溺れ死んだ謎が解けました。

◆ブラックユーモアで語られる数々の殺人事件
 本書の魅力は、紹介される実際の事件の豊富さにあるでしょう。頭蓋骨の中にアリの巣があった白骨遺体の話、生前に摂取したコカインの影響によって死体についたウジが異常な速さで成長した話など、恐ろしくも興味深い事件が次々に紹介され、それぞれが法医昆虫学によって見事に解決されていくのです。なかには、生きながらウジに食われ死んでいった寝たきり老人の話のような、ひどく悲惨な事件も登場します。著者は、その悲惨さから自分の精神を守るため、ブラックユーモアを使い、科学者としての冷静な態度を保ちつづけます。しかし、犯罪への静かな怒りも捨て去ることはできない……。本書は、死体から虫を採集し分析するという仕事を生業とする人間の、奮闘と苦悩を描いた本でもあるのです。
 素晴らしい能力を持つ法医昆虫学ですが、残念ながら日本ではほとんど犯罪捜査に使われていないようです。本書はミステリー好きの方に楽しんでいただきたいのはもちろんのこと、法医学や昆虫学、生物学に興味のある方にも読んでいただき、日本でも法医昆虫学の研究が行われるようになるきっかけになれば、と思っています。

 著者紹介
 マディソン・リー・ゴフ Madison Lee Goff
 一九四四年生まれ。ハワイ大学マノア校昆虫学教授を二〇〇一年に退職した後、現在ではホノルルのチャミデード大学の名誉教授。法医学プログラムの管理責任者として、法医昆虫学だけでなく、法医学全般および昆虫学全般を教えている。また、クアンティコのFBIアカデミーでも、遺体の検査と回収の方法を指導している。アメリカ法医昆虫学評議会の設立メンバーの一人。

 

« 間違いだらけのLCC(格安航空)選び | トップページ

書籍・雑誌」カテゴリの記事